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もはや「リア充」という言葉は完全にわれわれのものではなくなってしまった。なぜキュウべぇなのか、なぜ秋葉原なのか、そのメッセージは誰に向けられたものなのか、きっと意味なんてないのだろう。いつだってかれらは意味に対してまったく拘泥しない。かれらの手にかかれば「Wikipedia」は「ウィキ」になり、「USBフラッシュメモリ」は「USB」になる。「リア充」という言葉がその起源として「リアル」という単語を抱えていることの意味、そのような言葉をネットではなく物理的な空間で発することの意味、そのどれもかれらにとっては取るに足らない細部なのだろう。

そもそも「リア充爆発しろ」というのがよくなかった。「爆殺する」ならまだ見込みはあっただろう。「爆発しろ」には意思が足りない。言葉をぶつけられた相手が爆発する可能性が感じられない。「爆殺する」とは重みが違う。「リア充」という言葉の急速な陳腐化は「爆発しろ」とセットになった瞬間から始まったのではないかという気すらしてくる。

ただ流行っているというだけの言葉、ただ認知度が高いというだけのキャラクター、ただ人が多いというだけの場所、ただ話題性が高いというだけの日時、まったく噛み合わない雑多な属性を混ぜ合わせた結果として生まれた究極の無意味、「リア充」という言葉がそれを構成するパーツの一つに成り下がってしまっていることに寂しさを感じる。

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「リア充」という言葉はかれらのものになった - メカニカル鉛筆 (via dominion525)

(pechiyonから)